Chapter 1
論理と集合
数学の理論は、集合という概念で語られる。
そして、集合を構成する条件を考えるために、論理が利用される。
この章で学ぶことは、これから数学の理論を語るための「言葉」として機能するものである。
1.1 命題と論理演算
数学では「曖昧さ」を取り除いた議論が重要である。
ここでは、文章(表現)の曖昧さを取り除くために、文章の意味を記号化して扱おう、というア
プローチを考えていく。
1.1.1 命題:客観的視点に絞る
数学では、多くの問いを立てて、それが正しいかどうかをひとつひとつ確かめていくことになる。
このとき、数学の議論の対象にできるのは、主観を含まない、「真偽を問うことができる」文章で
ある。
たとえば「数学は面白い」という文章は私たちにとっては事かもしれない主観を含(も
はや個人的感想に近い)主張である。
このような、人によって回答が分かれるような文章について議論するのは、また別の学問領域に
任せてしまおう。
1
2
CHAPTER 1.
論理と集合
数学の議論の対象とできる文章は、「正しい」「正しくない」かをはっきりと定められるもので
そのような文章は命題と呼ばれる。
命題 客観的に正しいか正しくないかが判断できる主張を 命題 という。
1.1.2 記号化:解釈を一通りに絞る
数学で扱う命題は、文章ではなく記号で表現されることも多い。どのような記号をどんな意味で
使うかを見ていく前に、そもそもなぜ記号化するのか、ということを考えておきたい。
私たちが日常で使う言葉は、表現のパターンがあまりにも多い。英語に比べると、日本語は特に
その傾向がある。
たとえば、次の 3 つの文章は、まったく同じことを主張しているものである。
1. パンケーキは太る
2. パンケーキを食べると太る
3. パンケーキを食べたならば、体重が増える
1 つめの文章は、ネイティブの日本人の間では問題なく伝わるが日本語に慣れていない人には伝
わらない可能性がある。
実際にこのような日本語を聞いて「パンケーキ=太る」ってどういうこと…?となる外国人は多
いらい。「パケー「太「=で結ばれいるよう見え時点問題があ
2 つめの文章では、より意味が明確になった。この文章であれば、英語が苦手な私が英訳を試みた
としても、"Pancakes is fat."みたいな奇妙な英文を生み出さずに済むだろう。
3 つめの文章は、少し堅苦しく感じるかもしれない。しかし、これが最も数学らしい表現である
「パンケーキを食べた」「体重が増える」という 2 つの事象が「ならば」で結ばれていて、論理
の構造がはっきりしている。
* * *
このように、何通りもの表現がある文章は、人によって解釈が異なる可能性がある。
1.1.
命題と論理演算 3
客観的な主張であるはずの命題も、その表し方によって解釈の齟齬が生まれてしまうと、結局正
しいか正しくないかが人によって異なる事態に陥ってしまうかもしれない。
解釈を一通りにするには、表し方を統一してしまうのが手っ取り早い。そのために、共通認識と
して定義された記号を使って文章を表現するのが、数学のアプローチなのである。
ここからは、命題を記号化する具体的なルールを見ていくことにする。
1.1.3 真偽値:正しさを値とみなす
命題は、主張の内容によって「正しい」か「正しくない」かが決まる。
このとき、「正しい」ことをと呼び、「正しくない」ことをと呼ぶ。
命題の真偽
命題が正しいとき、その命題は 真である という。
命題が正しくないとき、その命題は 偽である という。
命題は必「真」「偽」のどちらかに決定されるためこの「真」「偽」を命題が持つ値とし
て考えて、真偽値と呼ぶことがある。
さらに、コンピュータでの応用を見据えて、真偽値を 0 1 で表すことがある。
真偽値
命題が真であるとき、その命題の真偽値は 1 であるとする。
命題が偽であるとき、その命題の真偽値は 0 であるとする。
1.1.4 論理式:命題を記号化する
命題が真偽値という値を持つという視点に立つとの値を反転させたり、組み合わせたりといっ
た操作を考えることができる。
この考え方は、小学校からお馴染みの数の演算に近いものだ。たとえば、足し算という演算は、1
2 という値を組み合わせて、3 という新たな値を作り出す操作といえる。
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CHAPTER 1.
論理と集合
ある命題から「新たな命題を作り出す操作」を表す記号を論理演算子といい、論理演算子のよう
な記号の組み合わせによって命題を表現したものを、論理式という。
1.1.5 命題の否定
まずは、1 つの命題を作り変える操作を考えてみよう。
のび太くんの今回の算数テストの点数は 0 点だったとする。
このとき、のび太くんが「今回の算数テストは 0 点じゃなかった!」と主張しても、それは嘘で
ある。
0 点だったという事実を p0 点じゃなかったという主張を q とおこう。
p : のび太くんの算数テストの点数は 0 点である
q : のび太くんの算数テストの点数は 0 点ではない
このとき、q p 否定命題と呼ぶ。
p が真実で、q は嘘であるのだから、
否定命題になると真偽が入れ替わる
ということになる。
命題の否定
命題 p に対してp ではないという命題 p 否定命題 いい、次のように表す。
¬p
¬ は「not」を意味する記号で、命題の否定を表す論理演算子である。
真理値表
ここで、初めての論理演算子が登場した。
1.1.
命題と論理演算 5
論理演算子によって新たな命題を作り出すとき、元の命題からの真偽値の変化を一覧化しておく
とわかりやすい。そのように真偽値を一覧化した表を、真理値表という。
この「否定の真理値表」では、次の対応関係が示されている。
否定の真理値表
p ¬p
1 0
0 1
p の真偽値が 1 のとき、¬p の真偽値は 0 である
p の真偽値が 0 のとき、¬p の真偽値は 1 である
真理値表を使うと、「否定命題になると真偽が入れ替わる」ことも
瞬時に捉えられる。
1.1.6 論理積と論理和:「かつ」と「または」
2 つの命題を組み合わせて、新たな命題を作り出す操作もある。
その代表例が論理積「かつ」と論理和「または」である。
日常生活での感覚
「かつ」と「または」という言葉は、日常生活でも意外と馴染みのあるものである。
命題としての厳密さを一旦忘れて、日常の感覚で考えてみよう。
1. 晴れていて風も弱ければ散歩に行こう
2. 紅茶かコーヒーをお選びください
1 つめの文章では、「晴れている」かつ「風が弱い」という条件を使っている。
「晴れている」「風が弱い」という、2 つの条件を両方満たすときにしか、散歩には行きたくな
いのである。
2 つめの文章では、「紅茶」または「コーヒー」という、2 つの選択肢を提示している。
ところで大抵の人は「紅茶」「コーヒー」のどちらか片方だけを選ぶだろうが、数学者は両
を手に取ってしまうかもしれない。というのも、「またはという言葉は、日常生活でのニュアン
スと数学での定義が若干異なるからだ。
日常生活での「A または BA B のどちらか一方
数学での「A または BA B の少なくとも一方(両方でもよい)
これらの感覚を踏まえて、「かつ」と「または」を数学的に定義していこう。
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CHAPTER 1.
論理と集合
数学での定義:論理積
論理積
p, q を命題とするとき、p かつ q」すなわちp q が両方真である」という命題を
論理積 という。
論理積は、論理演算子 を使って、次のように表す。
p q
論理積は、AND 演算と呼ばれることもある。
p q の両方が 1 でない限り、p q は決して 1 にはならない。
論理積の真理値表が言わんとしていることは、次のシンプルな
事実である。
論理積(AND)は、
両方とも 1 のときのみ、1 になる
論理積の真理値表
p q p q
1 1 1
1 0 0
0 1 0
0 0 0
数学での定義:論理和
論理和
p, q を命題とするとき、p または qすなわちp q の少なくとも一方が真である」
という命題を 論理和 という。
論理和は、論理演算子 を使って、次のように表す。
p q
論理和は、OR 演算と呼ばれることもある。
p q のどちらかだけでも 1 であれば、p q 1 になる。
1.2.
同値な命題と同値変形 7
論理和の真理値表では、次の事実に着目しよう。
論理和(OR)は、
片方だけでも 1 であれば、1 になる
論理和の真理値表
p q p q
1 1 1
1 0 1
0 1 1
0 0 0
1.2 同値な命題と同値変形
論理演算子を組み合わせることで、元の命題と「同じ意味」の命題を作り出すこともできる。
つまり、意味を変えずに、表現を変えることができるということだ。
数の計算でうまく式変形をすれば計算が簡単になるように、命題の論理式を意味を変えないよう
に変形することで、より簡単な議論に持ち込むことも可能になる。
「同じ意味」を表す言葉を定義した上で、「同じ意味」になる論理演算子の組み合わせのパターン
をいくつか見ていこう。
1.2.1 構成命題と同値
まず、「論理演算子を使って作られた命題」に名前をつけておく。
構成命題 命題と論理演算子を組み合わせてできる命題を 構成命題 という。
「論理演算子を使って作られた命題」が、元の命題とまったく同じ真理値のパターンを持つとき、
元の命題と新しい命題は同値であるという。
同値
2 つの構成命題 p q の真理値がすべて一致する(真理値表の値がすべて等しい)と
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CHAPTER 1.
論理と集合
き、この 2 つの命題は 同値 であるといい、
p q
と表す。
同値の定義が2 つの命題 p qではなく、2 つの構成命題 p qに対する記述になってい
ことに注意しよう。
たとえば、次の
2
つの命題は同じ真理値を持つ(どちらも正しい)が、まったく関係のない文章
であり、とても「同じ意味」の文章とはいえないはずだ。
普通自動車免許は 18 歳以上で取得可能である
1 年は 12 ヶ月である
同値とは、あくまでも論理演算子を使って加工した結果として、同じ真理値を持つ命題が得られ
たという状況を指す。まったく異なる命題どうしを結びつけるものではなく、論理演算子の関係
(効果が同じかどうか)を示すものだと捉えておこう。
1.2.2 論理式の法則
同値な命題が得られる論理演算子の組み合わせのパターンは、法則としていくつか知られている。
反射法則(二重否定)
まずは 1 つ目の例として、「否定を否定すると元に戻る」という法則を考えてみよう。
次の 3 つの文章において、1 つ目の文章と 3 目の文章は、どちらも同じく「勉強したという主
張になっている。
1. 試験勉強はした
2. 試験勉強はしていない(否定)
3. 試験勉強はしていないわけじゃない(二重否定)
3 つ目の文章のような、「否定の否定」を二重否定と呼び、次の法則が成り立つ。
1.2.
同値な命題と同値変形 9
論理式の反射法則
命題 p に対して、p とその 二重否定 ¬(¬p) は同値となる。
p ¬(¬p)
実際に、真理値表を使って確かめてみよう。
「否定とは 0 1 を反転させる操作であるから2 回反転させ
ると元に戻る様子が明らかである。
p ¬p ¬(¬p)
1 0 1
0 1 0
二重否定の真理値表
結合法則
どこから計算しても同値
双対性
冪等法則
何回繰り返しても同値
交換法則
ひっくり返しても同値
分配法則
分配しても同値
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CHAPTER 1.
論理と集合
吸収法則
ド・モルガンの法則
1.2.3 同値変形
恒真命題と恒偽命題
矛盾法則と排中法則
1.3 命題と命題の関係
ここまで、命題と論理演算子を組み合わせて新たな命題を作るという考え方に触れてきた。
ここからは、命題と命題の関係を考え、それを表す方法を見ていこう。
1.3.1 論理包含:「ならば」
物事には因果関係があり、それを辿ることで真相を明らかにする…
推理小説などで欠かせない描写だが、この考え方は数学の演繹(何かを前提に何かを導き出すこ
と)にも通じるものである。
A が成り立っていれば、必ず B も成り立つ」といった関係を、数学では「ならば」という言葉
で結んで表現する。
論理包含
p, q を命題とするとき、p ならば q」すなわち「p が真であれば q も真である」とい
う命題を 論理包含 という。
論理包含は、論理演算子 を使って、次のように表す。
p q
論理「包含」という名前については、次のように解釈してみよう。
1.3.
命題と命題の関係 11
p である可能性(状況)は、q である可能性(状況)に含まれている
日常生活で考える:「ならば」が真となる例
たとえば、次のような文章を考えてみる。
電池が切れたら、リモコンは動かなくなる
「電池が切れている リモコンは動かなくなる」は真である。電池が切れたら、確実にリモコ
は動かなくなるからだ。
とはいえ、リモコンが動かなくなる原因は他にも考えられる。電池が切れた場合だけでなく、リ
モコン自体が故障した場合や、リモコンで操作する機器のセンサーが感知しなくなった場合もあ
るだろう。
つまり、「リモコンの電池が切れている」という状況は、数多くある「リモコンが動かない」とい
う状況の中の 1 つのパターンに過ぎないのだ。
論理「包含」という名前は、このような例から感じ取ることができる。
日常生活で考える:「ならば」が偽となる例
他の例も見てみよう。
足が痛い 足が骨折している
足が痛いからといって、必ずしも足が骨折しているとは限らないので、これは偽である。
1.3.2 必要条件と十分条件
命題 p, q に関して p q が成り立つとき、p q には名前がつけられている。
必要条件と十分条件
命題 p, q に対して、p q が常に成り立つとき、
q p 必要条件 である
p q 十分条件 である
という。
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CHAPTER 1.
論理と集合
たとえば、
Ms.Fukasawa は日本人である Ms.Fukasawa は人間である
という文章の場合、「日本人である」が十分条件で、「人間である」が必要条件となる。
「日本人である」というだけで、明言しなくても十分に「人間である」と言える
「人間である」ことは、「日本人である」ことの前提として必要である
p q 1 つの理解として、p であることは、q であることに含まれている」という包含関係の
イメージを持っておくと、このような「必要」と「十分」という言葉のニュアンスを感じ取るこ
とができる。
1.3.3 論理包含の真理値表
論理包含「ならば」の真理値表は、次のようになる。
論理包含の真理値表
p q p q
1 1 1
1 0 0
0 1 1
0 0 1
表の各行はそれぞれ、次のような対応を表している。
1. p が成り立てば q も成り立つ:p q は真
2. p が成り立っていても q が成り立たない:p q は偽
3. p が成り立たないとき、q が成り立つかどうかは関係ない:p q は真
4. p が成り立たないとき、q が成り立つかどうかは関係ない:p q は真
不可解に思えるのは、34 行目かもしれない。
p が偽のときは、q の真偽に関わらず、p q は真となる。
なぜなら、p ならば…」という文章は、そもそも「p が成り立つとき」にしか言及していないた
め、それ以外の場合には何が起ころうと嘘をついたことにはならないからだ。
たとえば、「雨が降れば傘をさす」という文章は、雨が降った場合にしか言及していない。
1.4.
述語論理 13
「雨は降っていなくても傘をさす」としても、「雨が降れば傘をさす」という文章を否定したこと
にはならないのである。
「雨が降れば傘をさす」に反するのは、「雨が降っているのに傘をささない」場合だけだ。
必要十分条件
同値の言い換え
1.3.4 逆・裏・対偶
1.4 述語論理
1.4.1 命題関数
1.5 集合
Under construction...
1.5.1
実数の集合:区間
2 つの実数の間の範囲は、区間と呼ばれる。
区間
実数全体の集合 R の部分集合のうち、a < b である実数 a b の間にあるすべての実
数の集合を 区間 という。
区間は、端点を含むかどうかによって、開区間、閉区間、半開区間に分類される。
開区間
端点を含まない区間を開区間という。
開区間 a x b となる実数 x の集合を 開区間 といい、(a, b) と表す。
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CHAPTER 1.
論理と集合
x
a
b
(a, b) = {x R | a < x < b}
x
a
(a, +) = {x R | a < x}
x
a
(−∞, a) = {x R | a > x}
閉区間
端点を含まない区間を閉区間という。
閉区間 a < x < b となる実数 x の集合を 閉区間 といい、[a, b] と表す。
x
a
b
[a, b] = {x R | a x b}
x
a
[a, +] = {x R | a x}
x
a
[−∞, a] = {x R | a x}
半開区間
一方の端点を含み、他方の端点を含まない区間を半開区間という。
1.5.
集合 15
半開区間 次のような集合を 半開区間 という。
a x < b となる実数 x の集合を、[a, b) と表す。
a < x b となる実数 x の集合を、(a, b] と表す。
x
a
b
[a, b) = {x R | a x < b}
x
a
b
(a, b] = {x R | a < x b}