Chapter 1
線形代数
線形代数は、高次元に立ち向かうための強力な道具となる。
ベクトルや行列を使って表現することでどれだけ高次元に話を広げたとしても、「関係」を語る
言葉の複雑さを抑えることができる。
そして、ベクトルや行列を使う効用は、表現の簡潔さだけにとどまらない。
この章では、ベクトルや行列から広がる世界を追いかけていこう。
1.1 ベクトルと座標
1.1.1 移動の表現としてのベクトル
平面上のある点の位置を表すのに、よく使われるのが直交座標系である。
直交座標系では、x 軸と y 軸を垂直に張り、
原点 O からの x 軸方向の移動量(x 座標)
原点 O からの y 軸方向の移動量(y 座標)
という 2 つの数の組で点の位置を表す。
座標とは、x 軸方向の移動」と「y 軸方向の移動」という 2 回の移動を行った結果である。
右にどれくらい、上にどれくらい、という考え方で平面上の「位置を特定しているわけだが、
に「移動」を表したいだけなら、点から点へ向かう矢印で一気に表すこともできる。
1
2
CHAPTER 1.
線形代数
x
y
O
a
b
(a, b)
「位置の特定」という視点
A
B
「移動」という視点
ある地点から別のある地点への「移動」を表す矢印をベクトルという。
ベクトルが示す、ある地点からこのように移動すれば、この地点にたどり着く…といった「移動」
の情報は、相対的な「位置関係」を表す上で役に立つ。
平行移動してもベクトルは同じ
座標は「位置」を表すものだが、ベクトルは「移動」を表すものにすぎない。
座標は「原点からの」移動量によって位置を表すが、ベクトルは始点の位置にはこだわらない。
たとえば、次の 2 つのベクトルは始点の位置は異なるが、同じ向きに同じだけ移動している矢印
なので、同じベクトルとみなせる。
1.1.
ベクトルと座標 3
x
y
O
このような「同じ向きに同じだけ移動している矢印」は、平面内では平行な関係にある。
つまり、平行移動して重なる矢印は、同じベクトルとみなすことができる。
移動の合成とベクトルの分解
ベクトルは、各方向への移動の合成として考えることもできる。
純粋に「縦」と「横」に分解した場合は直交座標の考え方によく似ているが、必ずしも直交する
方向のベクトルに分解する必要はない。
A
B
「縦」と「横」に分解
A
B
他の分解も考えられる
1.1.2 高次元への対応:数ベクトル
2 次元以上の空間内の「移動」を表すには、「縦」と「横」などといった 2 方向だけでなく、もっ
と多くの方向への移動量を組み合わせて考える必要がある。
また、4 次元を超えてしまうと、矢印の描き方すら想像がつかなくなってしまう。それは方向と
なる軸が多すぎて、どの方向に進むかを表すのが難しくなるためだ。
4
CHAPTER 1.
線形代数
そこで、一旦「向き」の情報を取り除くことで、高次元に立ち向かえないかと考える。
移動を表す矢印は「どの方向に進むか」どれくらい進むかという向きと大きさの情報を持っ
ているが、その「どれくらい進むか」だけを取り出して並べよう。
a
1
a
2
a
a =
a
1
a
2
こうして単に「数を並べたもの」もベクトルと呼ぶことにし、このように定義したベクトルを
ベクトルという。
数を並べるとき、縦と横の 2 通りがある。それぞれ列ベクトル行ベクトルとして定義する。
列ベクトル 数を縦に並べたものを 列ベクトル という。
a = [a
i
] =
a
1
a
2
.
.
.
a
n
行ベクトル 数を横に並べたものを 行ベクトル という。
a = [a
i
] =
a
1
a
2
· · · a
n
単に「ベクトル」と言った場合は、列ベクトルを指すことが多い。
行ベクトルは、列ベクトルを横倒しにしたもの(列ベクトルの転置)と捉えることもできる。
1.1.
ベクトルと座標 5
転置による行ベクトルの表現
行ベクトルは、列ベクトル a 転置 したものとして表現できる。
a
=
a
1
a
2
· · · a
n
1.1.3 ベクトルの和
ベクトルによって数をまとめて扱えるようにするために、ベクトルどうしの演算を定義したい。
ベクトルどうしの足し算は、同じ位置にある数どうしの足し算として定義する。
ベクトルの和 2 つの n 次元ベクトル a b の和を次のように定義する。
a + b = [a
i
] + [b
i
] =
a
1
+ b
1
a
2
+ b
2
.
.
.
a
n
+ b
n
i 番目の数が a b の両方に存在していなければ、その位置の数どうしの足し算を考えることはで
きない。
そのため、ベクトルの和が定義できるのは、同じ次元を持つ(並べた数の個数が同じ)ベクトル
どうしに限られる。
移動の合成としてのイメージ
数ベクトルを「どれくらい進むか」を並べたものと捉えると、同じ位置にある数どうしを足し合
わせるということは、同じ向きに進む量を足し合わせるということになる。
たとえば、x 軸方向に a
1
y 軸方向に a
2
進んだ場所から、さらに x 軸方向に b
1
y 軸方向に b
2
む…というような「移動の合成」を表すのが、ベクトルの和である。
平行四辺形の法則
[ Todo 1: 平行移動しても同じベクトルなので…]
6
CHAPTER 1.
線形代数
x
y
a
1
a
2
b
1
b
2
a
b
a + b
a
1
+ b
1
a
2
+ b
2
a
b
a + b
ベクトルの差:逆向きにしてから足す
[ Todo 2: irobutsu-linear-algebra 2.1.2 ベクトルの差]
矢に沿った移動で考える
[ Todo 3: 手持ちの画像を参考に、和と差の両方について書く]
1.1.4 ベクトルのスカラー倍
「どれくらい進むか」を表す数たち全員に同じ数をかけることで、向きを変えずにベクトルを「引
き伸ばす」ことができる。
ka
a
ここで向きごとにかける数を変えてしまうと、いずれかの方向に多く進むことになり、ベクトル
の向きが変わってしまう。そのため、「同じ」数をかけることに意味がある。
1.1.
ベクトルと座標 7
a
1
a
2
3a
1
3a
2
a
3a
a
1
a
2
3a
1
5a
2
a
?
そこで、ベクトルの定数倍(スカラー倍)を次のように定義する。
ベクトルのスカラー倍 n 次元ベクトル a k 倍を次のように定義する。
ka = k[a
i
] =
ka
1
ka
2
.
.
.
ka
n
1.1.5 一次結合
ベクトルを「引き伸ばす」スカラー倍と、「つなぎ合わせる」足し算を組み合わせることで、ある
ベクトルを他のベクトルを使って表すことができる。
a
3
λ
1
a
1
λ
2
a
2
a
1
a
2
a
3
= λ
1
a
1
+ λ
2
a
2
8
CHAPTER 1.
線形代数
このように、スカラー倍と和のみを使った形を一次結合もしくは線形結合という。
1.1.6 基底:座標を復元する
3 次元までのベクトルは、矢印によって「ある点を指し示すもの」として定義できる。
しかし、4 元以上の世界に話を広げるためベクトルを単に「数を並べたもの」として再定義
た。「数を並べたもの」としてのベクトルを、数ベクトルと呼んでいる。
さて、
2
次元平面や
3
次元空間で点を指し示すためのもう一つの概念として、座標がある。
座標は、x 方向にこのくらい進み、y 軸方向にこのくらい進む…というように、「進む方向」と
「進む長さ」によって表現される。
単なる数の並びである数ベクトルでは、「進む方向」については何も記述されていない。
3
2
しかし、「進む方向」を表すベクトル a
1
, a
2
を新たに用意すれば、一次結合によって「進む方向」
と「進む長さ」を持つベクトルを作ることができる。
x = 3a
1
+ 2a
2
x
y
O
3
2
x
(3, 2)
x
y
x
3a
1
2a
2
a
1
a
2
(
3, 2
)
x = 3a
1
+ 2a
2
a
1
a
2
のように座標を復元するために向きの情報を付け加えるベクトルを、基底呼ぶこと
する(厳密には「基底」と呼ぶための条件はいろいろあるがそれについては後々解説していく
1.1.
ベクトルと座標 9
基底が変われば座標が変わる
先ほどの例では、直交座標による点 (3, 2) をベクトルの一次結合 x = 3a
1
+ 2a
2
で表現するために
a
1
a
2
を用意した。
a
1
x 軸方向の長さ 1 のベクトル、a
2
y 軸方向の長さ 1 のベクトルとすれば、a
1
3 倍、a
2
2 倍して足し合わせることで、点 (5, 4) を指し示すベクトル x を作ることができる。
ここで、一次結合の式 x = 3a
1
+ 2a
2
は変えずに、a
1
a
2
を変更すると、x が指し示す点も変わっ
てしまう。
x
y
x
3a
1
2a
2
a
1
a
2
x
y
O
6
8
x
(6, 8)
x = 3a
1
+ 2a
2
(
6, 8
)
このことから、
座標は使っている基底の情報とセットでないと意味をなさない
ものだといえる。
1.1.7 標準基底による直交座標系の構成
座標という数値の組は、使っている基底とセットでないと意味をなさないものである。
逆にいえば、
10
CHAPTER 1.
線形代数
「こういう基底を使えば、このようなルールで座標を表現できる」
という考え方もできる。つまり、基底によって座標系を定義するということだ。
前の章で見た例を一般化して考えてみよう。
e
1
x 軸方向の長さ 1 のベクトル、e
2
y 軸方向の長さ 1 のベクトルとすれば、e
1
x 倍、e
2
y
倍して足し合わせたベクトル xe
1
+ ye
2
で、2 次元直交座標系での点 (x, y) を指し示すことができる。
x
y
O
xe
1
+ ye
2
(x , y)
e
1
e
2
このとき、e
1
e
2
は、各方向の 1 目盛に相当する。
これらをまとめ R
2
上の標準基底と呼び
{
e
1
, e
2
}
と表す。R
2
とは、実数の集合である数直 R
2 本用意してつくった、2 次元平面を表す記号である。
(x, y) を指し示す xe
1
+ ye
2
というベクトルは、直交座標による点の表現がx 軸方向の移動」
y 軸方向の移動」という 2 回の移動を行った結果であることをうまく表現している。
直交座標系をベクトルの言葉で言い換えると、
直交座標系は、準基である各ベクト e
1
e
2
を軸として、面上の点の位置を
標準基底の一次結合の係数 x y の組で表す仕組み
だといえる。
1.2.
基底にできるベクトルを探す 11
t
座標は点の位置を表す数の組のことで、座標は点の位置を数の組で表すための仕組み(ルー
ル)のことをいう。
基底を変えれば違う座標系を作れる
直交座標系は、標準基底という互いに直交するベクトルを基底に使っていたが、座標系を表現す
るにあたって必ずしも基底ベクトルが直交している必要はない。
座標系を基底ベクトルを使って捉え直しておくと、基底を取り替えることで、目的の計算に都合
のいい座標系を作ることができる。
たとえば、次のように歪んだ空間を記述するための座標系を作ることも可能である。
x
y
O
xa
1
+ ya
2
(x , y)
a
1
a
2
1.2 基底にできるベクトルを探す
2 次元座標系では、平面上のあらゆる点を表すことができ、それらの点はベクトルで指し示す形
も表現できる。
基底が「座標系を設置するための土台」となるなら、基底とは、あらゆるベクトルを表すための
材料とみなすことができる。
では、基底として使えるベクトルとは、どのようなベクトルだろうか?
1.2.1 基底とは過不足ない組み合わせ
不十分を考える
2 次元座標系を表現するにあたって、必ずしも基底ベクトルが直交している必要はない。
12
CHAPTER 1.
線形代数
しかし、平行なベクトルは明らかに基底(座標軸の土台)として使うことはできない。
x
a
1
y
a
2
x 軸と y 軸が平行だと、(x, y) の組で平面上の点を表すことはできない。
2 次元平面 R
2
上の点やベクトルは、2 つの方向を用意しないと表せないのだから、基底となるベ
クトルは互いに平行でない必要がある。
無駄を考える
平行な 2 つのベクトルは、互いに互いをスカラー倍で表現できてしまう。このようなベクトルの
組は基底にはできない。
a
2
= ka
1
この平行な 2 つのベクトル {a
1
, a
2
} に加えて、これらに平行でないもう 1 つのベクトル a
3
を用意
すれば、a
1
a
3
の一次結合か、a
2
a
3
の一次結合かのどちらかで、平面上の他のベクトルを表
現できるようになる。
しかし、a
2
は結局 a
1
のスカラー倍(a
1
a
3
の一次結合の特別な場合)で表現できてしまうのだ
から、「他のベクトルを表す材料」となるベクトルの組を考える上で、a
2
は無駄なベクトルだとい
える。
2 次元平面を表現するには 2 本の座標軸があれば十分なように、基底とは、「これさえあれば他の
ベクトルを表現できる」という、必要最低限のベクトルの組み合わせにしたい。
基底の候補の中に、互いに互いを表現できる複数のベクトルが含まれているなら、その中の 1
を残せば十分である。
* * *
ここまでの考察から、あるベクトルの組を基底として使えるかどうかを考える上で、「互いに互い
を表現できるか」という視点が重要になることがわかる。
互いにスカラー倍で表現できるベクトルだけでは不十分
互いに一次結合で表現できるベクトルが含まれていると無駄がある
ベクトルの組互いに互いを表現できか」着目した性質を表現す概念として、一次従属
次独立がある。
1.2.
基底にできるベクトルを探す 13
一次従属:互いに互いを表現できるベクトルが含まれていること
一次独立:互いに互いを表現できない、独立したベクトルだけで構成されていること
1.2.2 一次従属
ベクトルの組を考え、どれか 1 つのベクトルがほかのベクトルの一次結合で表せるとき、それ
のベクトルの組は一次従属であるという。
一次従属
k 個のベクト a
i
= {a
1
, a
2
, . . . , a
k
} 一次従属 であるとは、少なくと 1 つは 0
ない k 個の係数 c
i
= {c
1
, c
2
, . . . , c
k
} を用意すれば、それらを使った一次結合を零ベ
クトル 0 にできることをいう。
k1
i=1
c
i
a
i
= c
1
a
1
+ c
2
a
2
+ · · · + c
k
a
k
= 0
たとえば、c
1
0 でないとき、一次結合を零ベクトルにできるということは、次のような式変形
ができることになる。
a
1
=
c
2
c
1
a
2
c
3
c
1
a
3
· · ·
c
k
c
1
a
k
つまり、ベクトル a
1
をほかのベクトルの一次結合で表せている。
「従属」という言葉を味わう
をほかのベクトルを使て表現できるということはかのベクトルに依存してい(従
ている)ということになる。
たとえば、a
1
a
2
の一次結合で表せるベクトル a
3
は、 この 2 つのベクトル a
1
, a
2
に従っている
といえる。
a
3
= 2a
1
+ a
2
しかしa
3
a
1
, a
2
に従っているという一方的な主従関係になっているわけではない。その逆
もまた然りである。
なぜなら、次のような式変形もできるからだ。
a
2
= a
3
2a
1
14
CHAPTER 1.
線形代数
この式で見れば、今度は a
2
a
1
, a
3
に従っていることになる。
このように、一次従属とは「どちらがどちらに従う」という主従関係ではなく、ベクトルの組
中での相互の依存関係を表すものである。
1.2.3 一次独立
一次従属は、いずれかのベクトルをほかのベクトルで表現できること、つまり基底の候補として
は無駄が含まれている。そこで、その逆を考える。
互いに互いを表現できるような無駄なベクトルが含まれておらず、各々が独立している(無関係
である)ベクトルの組は一次独立であるという。
一次独立
k a
i
= {a
1
, a
2
, . . . , a
k
} k c
i
=
{c
1
, c
2
, . . . , c
k
} 0 るとか、そ使っ次結零ベ
0 にできないことをいう。
k1
i=1
c
i
a
i
= c
1
a
1
+ c
2
a
2
+ · · · + c
k
a
k
= 0
= c
1
= c
2
= · · · = c
k
= 0
たとえば、係数 c
1
0 でないとすると、
a
1
=
c
2
c
1
a
2
c
3
c
1
a
3
· · ·
c
k
c
1
a
k
のように、a
1
をほかのベクトルで表現できてしまう。これでは一次従属である。
ほかの係数についても同様で、どれか 1 つでも係数が 0 でなければ、いずれかのベクトルをほか
のベクトルで表現できてしまうのである。
このような式変形ができないようにするには、係数はすべて 0 でなければならない。
一次独立には、互いに互いを表現できないようにする条件が課されているため、一次独立なベク
トルの組は無駄なベクトルを含まず、基底の候補となり得る。
1.3.
ベクトルが作る空間 15
1.3 ベクトルが作る空間
ここまで、ベクトルとその演算(和とスカラー倍)を定義し、一次結合によってベクトルを作っ
たり、基底という特別なベクトルによって座標系を構成する例などを見てきた。
一次結合は和とスカラー倍という演算の組み合わせであるから、結局演算によってベクトルを
自由に表現できるようになったといえる。
ここでは、演算の性質に着目してベクトルの集合を捉え、その中で基底がどのような役割を果た
すのかを整理する。
1.3.1 集合と演算で空間を作る
演算によってベクトルを別なベクトルに変換したり、演算の組み合わせ(一次結合)によって新
たなベクトルを作ったりすることができる。
ベクトルと呼ばれる対象を集めて、さらに演算(和とスカラー倍)を導入することでベクトルか
らベクトルへの行き来を可能にした集合を線形空間ベクトル空間)という。
線形空間は、ベクトルたちが自由に動き回れるルール付きの空間である。
この空間の中では、次のような操作(演算)がきちんと意味を持ってできるようになっている。
ベクトルどうしを合成する(和)
ベクトルのスケールを変える(スカラー倍)
そして、これらの演算で作られた新しいベクトルも、この空間の中に入っていることが保証され
ている。演算の結果が想定外にならない、安全な場所である。
Under construction...
1. 線形性と線形空間
2. 一次結合で線形空間を作る
3. 基底が作るもの(基底の厳密な定義)
16
CHAPTER 1.
線形代数
1.4 ベクトルの測り方
2 つのベクトルがどれくらい似ているかを議論するために、内積という尺度を導入する。
1.4.1 内積:ベクトルの「近さ」を返す関数
内積2 つのベクトルを引数にとりその「近さを表すスカラー値を返す関数として定義する
具体的な定義式を知る前に「近さ」を測る道具として、どのような性質を持っていてほしいかを
整理しておこう。
具体的な定義式は、その性質を満たすように「作る」ことにする。
内積の公理
R 上の線形空間 V を考え、u, v, w V, c R とする。
2 つのベクトルを引数にとり実数を返す関数 (·, ·) : V × V R として、次の性質
を満たすものを 内積 という。
対称性 (u, v) = (v, u)
双線形性 1. スカラー倍 (cu, v) = (u, cv) = c(u, v)
双線形性 2. (u + w, v) = (u, v) + (w, v), (u, v + w) = (u, v) + (u, w)
正定値性 (u, u) 0, (u, u) = 0 u = 0
対称性
u v にどれくらい近いか?という視点で測っても、v u にどれくらい近いか?という視点
測っても、得られる「近さ」は同じであってほしい、という性質。
双線形性
どちらかのベクトルをスカラー倍してか「近さ」を測りたいとき元のベクトルとの近さを測っ
ておいて、それを定数倍することでも目的の「近さ」を求められる、という性質。
また、ほかのベクトルを足してか「近さ」を測りたいとき、足し合わせたいベクトルそれぞれに
ついて近さを測っておいて、それを合計することでも目的「近さ」を求められる、という性質。
これらは近さを測るという「操作」「演算」が入れ替え可能であるという、線形性と呼ばれる
性質である。
1.4.
ベクトルの測り方 17
2 つの引数 u, v のどちらに関しても線形性があるということで、「双」がついている。
正定値性
ベクトルの「近さ」とは、向きがどれくらい近いか、という尺度でもある。
同じ方向なら正の数、逆の方向なら負の数をとるのが自然だと考えられる。
自分自身との「近さを測るとき、自分と自分は完全に同じ向きであるから、その「近さ」は正の
数であるはずだ。
自分自身との「近さ」が 0 になるようなベクトルは、零ベクトル 0 だけである。
1.4.2 内積で表したい「関係の強さ」
内積の公理には含めないが、内積とはどんな量にしたいか?を事前に設計しておくと、後々のイ
メージにも役立つ。
さて、内積とは、2 つのベクトルがどれくらい同じ方向を向いているか?という尺度にしたい。
そこで、
2
つのベクトルの向きに関する視点で、内積のイメージを膨らませてみる。
平行の度合いを内積に反映させる
2 のベクトルが完全に平行なら、それらのベクトルは互いにスカラー倍で表すことができるの
で、互いに依存し合っている。
2 つのベクトルが平行に近ければ近いほど、これらは互いに似ていて「関係性の強いベクトルだ
といえる。
同方向・逆方向を内積の符号で表す
2 つのベクトルが完全に平行で、さらに同じ方向を向いているならそれらのベクトルは互いに
の数のスカラー倍で表すことができる。
一方、2 つのベクトルが完全に平行で、逆の方向を向いているなら片方のベクトルはもう片方
ベクトルを負の数を使ってスカラー倍したものになる。
逆向きのベクトルどうしは近い方向どころかむしろ「かけ離れた方向を向いているといえる。
内積が「向きの似ている度合い」なら、「近い方向を向いている」度合いを正の数で、「かけ離れ
た方向を向いている」度合いを負の数で表すのが自然だろう。
18
CHAPTER 1.
線形代数
直交するベクトルの内積はゼロとする
「同じ向きに近い」場合と「逆向きに近い」場合が切り替わるのは、2 つのベクトルどうしが垂直
なときである。
ならば、内積の正と負が切り替わる境界、すなわち内積 0 になる場合とは2 つのベクトルが直
交する場合にするのが自然といえるのではないだろうか。
実際、完全に垂直な 2 つのベクトルは、互いに全く影響を与えない方向を向いている。
2 つのベクトルが直交している場合、2 つのベクトルは互いに全く関係がないものとして、関係の
強さを表す内積の値は 0 にしたい。
1.4.3 標準基底の内積とクロネッカーのデルタ
内積の公理から一般的な内積の定義式を考える前に、まずは単純なベクトルの内積がどのように
振る舞うべきかを考えてみよう。
ここで取り上げる単純なベクトルとは、標準基底である。
標準基底の定義と直交性
標準基底は座標軸の 1 盛というイメージで捉えられる。数式としては次のように定義される。
標準基底
n 次元線形空間 R
n
においてi 番目の成分が 1 で、ほかの成分 0 である n 個のベ
クトルを、 標準基底 と呼ぶ。
e
1
=
1
0
.
.
.
0
, e
2
=
0
1
.
.
.
0
, · · · , e
n
=
0
0
.
.
.
1
実際に座標軸の 1 目盛というイメージで描いてみるとわかるように、標準基底どうしは互いに
している。
[ Todo 4: 2 次元平面の場合の標準基底の図と数式を横並びで描く]
1.4.
ベクトルの測り方 19
標準基底の内積
標準基底のうち、異なる 2 つのベクトルどうし(たとえば e
1
e
2
は直交していることから、
の内積は 0 として定義しよう。
一方で、標準基底 1 つである同じベクトルどうし(たとえば e
1
e
1
の内積は、1 と定義してし
まうことにする。
1 つの標準基底ベクトルは進む長さの 1 単位(座標軸上の 1 目盛)なのだから、同じ 1 つの標準基
底ベクトルどうしの内積も、近さの 1 単位としておくと都合がいい。
クロネッカーのデルタを使った表現
ここまで議論した標準基底の内積の定義は、次のように整理できる。
(e
i
, e
j
) =
1 (i = j)
0 (i , j)
ここで、クロネッカーのデルタという記号を、次のように定義しよう。
クロネッカーのデルタ
δ
i j
=
1 (i = j)
0 (i , j)
クロネッカーのデルタ記号を使うと、標準基底の内積の定義は、次のように簡潔に表現できる。
標準基底の内積
n 次元線形空間 R
n
において、標準基底 e
i
, e
j
内積 を、次のように定義する。
(e
i
, e
j
) = δ
i j
1.4.4 数ベクトルの内積の定義式
内積の公理と、標準基底の内積をもとに、一般的なベクトルの内積の定義式を導き出すことがで
きる。
20
CHAPTER 1.
線形代数
まず、任意のベクトル a, b R
n
を、標準基底の一次結合として表そう。
a = a
1
e
1
+ a
2
e
2
+ · · · + a
n
e
n
=
n
i=1
a
i
e
i
b = b
1
e
1
+ b
2
e
2
+ · · · + b
n
e
n
=
n
j=1
b
j
e
j
これらの内積を、双線形性を使って展開していく。
まず、和に関する双線形性より、「足してから内積を計算」「内積を計算してから足す」は同じ
結果になるので、シグマ記号
を内積の外に出すことができる。
また、スカラー倍に関する双線形性より、定数 a
i
, b
j
も内積の外に出すことができる。
(a, b) =
n
i=1
a
i
e
i
,
n
j=1
b
j
e
j
=
n
i=1
n
j=1
a
i
b
j
(e
i
, e
j
)
標準基底の内積 (e
i
, e
j
) はクロネッカーのデルタ δ
i j
で表せるので、次のように書き換えられる。
(a, b) =
n
i=1
n
j=1
a
i
b
j
(e
i
, e
j
)
=
n
i=1
n
j=1
a
i
b
j
δ
i j
ここで、δ
i j
i , j のとき 0 になるので、i = j の項しか残らない。
(a, b) =
n
i=1
n
j=1
a
i
b
j
δ
i j
=
n
i=1
a
i
b
i
δ
ii
δ
ii
は常に 1 なので、最終的に次のような式が得られる。
(a, b) =
n
i=1
a
i
b
i
1.4.
ベクトルの測り方 21
数ベクトルの内積
n 次元線形空間 R
n
において、数ベクトル a, b 内積 を次のように定義する。
(a, b) =
n
i=1
a
i
b
i
数ベクトルの同じ位置にある数どうしをかけ算して、それらを足し合わせる、という形になって
いる。
1.4.5 内積のさまざまな表記
内積の記法はいくつかあり、それぞれ異なる見方を表現したものになっている。
(a
1
, a
2
)2 つのベクトルを引数にとる関数
a
1
a
2
:行列の積の定義を使った記法
a
1
|
a
2
:ブラケット記法
a
1
a
2
という表記については、のちに行列の積を定義する際にまた述べるとする。
a
1
|
a
2
というブラケット記法は、抽象的な対象をベクトルとして考える上で便利である。次章で
この表記の解釈を見ていこう。
1.4.6 ブラケット記法
1. ブラとケット
2. 状態と観測装置
22
CHAPTER 1.
線形代数
1.4.7 ノルム:自分自身の大きさ
1.4.8 ノルムを使った距離の表現
1.4.9 描けない角度の定義
1.4.10 射影:ベクトルの「影」
1.5 ベクトルの直交性
1. ベクトルの直交の定義
2. 直交基底の一次結合の係数
3. シュミットの直交化法
4. 直交化で余分なベクトルを削る
1.6 ベクトルの外積
1. 外積
2. レヴィ・チビタ記号
3. 内積と外積の公式
1.7 行列と線形写像
1. 行列の定義と意味
2. 行列の積
3. 転置による内積の表記
4. 線形写像
5. 線形変換
6. 逆行列
1.8.
行列と連立方程式 23
1.8 行列と連立方程式
1. 行列の基本変形
2. ...
1.9 行列式
1. 行列式
2. ヤコビアン
3. 余因子
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
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