Chapter 1
複素数と複素関数
1.1 虚数の導入
1.1.1 x
2
= 1 の解は存在するか?
「負の数と負の数をかけたら正の数になる」というのが中学校で初めて数学の門を叩いて真っ先
に学ぶ事実である。
(1) × (1) = 1
方程式の言葉で書けば、x
2
= 1 の解の一つは x = 1 となる。(もう一つの解は x = 1 だ。
では、次の方程式の解は考えられるだろうか?
x
2
= 1
x
2
ということは、同じ数 x どうしをかけて 1 にならなければならない。
とはいえ、正の数どうしをかけても正の数になるし、負の数どうしをかけても正の数になる。
つまり、このような x は「存在しない」ということになる。
しかし、このような方程式の解が存在した方がありがたいと考えた人もいた。(私たちもこの先、
その有り難さを知ることになる。
「負の数と負の数をかけたら正の数になる」というこれまでの数の体系を壊さずに、x
2
= 1 が成
り立つような数を新たに考えよう、という話が始まる。
1
2
CHAPTER 1.
複素数と複素関数
1.1.2 回転で捉える数直線の拡張
これまでの数の体系である実数は、すべて数直線上に存在していた。
R
1 0 1
x
2
= 1 の解となる x は、少なくともこの数直線上には存在しない。
ならば、数の体系を平面に拡張して考えてみよう。
まずは、平面というスケールに飛び出して (1) × (1) = 1 を考えてみる。
1 × (1) × (1) = 1
と書き直すと、1 2 回かけたら 1 に戻る」ということがいえる。
図示すると、次のようなことが起こっていると考えられないだろうか?
×(1)
×(1)
R
11 0
1 をかける」という操作を、平面上の 180 度回転と捉える。
すると、2 回かけて 1 になる数x
2
= 1 の解)は、180 度回転の中間に位置する数と考えること
ができる。
1.1.
虚数の導入 3
×?×?
R
11 0
?
このような方向性で拡張した数を複素数といい、? にあたる数は虚数 i と呼ぶことにする。
×i×i
R
Ri
11 0
i
1.1.3 虚数の定義
前節での話を踏まえて、新たな数を次のように定義する。
4
CHAPTER 1.
複素数と複素関数
虚数 方程式 x
2
= 1 の解の一つを 虚数 と呼び、i と表す。
これで、x
2
= 1 の解を、次のように記述できるようになった。
x
2
= 1 の解 方程式 x
2
= 1 の解は、x = i x = i 2 つ存在する。
1.2 複素数の表現
1.2.1 複素数と複素平面
前章では、数直線上の 1 から 90 度回転したところに、虚数 i という数が存在するという考え方を
導入した。
このような平面において、実数が存在する軸(お馴染みの数直線)を実軸 Re、虚数が存在する軸
を虚軸 Im と呼ぶことにする。
Re
Im
11
i
i
O
では、実軸上にも虚軸上にもない、平面上の点に位置する数は、どう表せばよいだろうか?
平面上の点をベクトル(矢印)で表す考え方を流用して、次のように考えてみる。
1.2.
複素数の表現 5
Re
Im
O a
b
a
bi
a + bi
a + bi
a というベクトルは実軸上の単位ベクトル 1 a 倍したもの、bi というベクトルは虚軸上の単位ベ
クトル i b 倍したものと考え、平面上の任意の数はそれらのベクトルの和の形で表す。
このとき、a を実部、b を虚部と呼び、a + bi の形で表した数を複素数という。
複素数
i を虚数単位、a, b を実数とし、次の形で表される数を 複素数 という。
a + bi
このとき、a 実部 b 虚部 と呼ぶ。
b = 0 であるとき、複素数 a + bi は実 a となるので複素数は実数を含む数の体系(実数の拡張)
となっている。
また、数直線の拡張として考えてきた平面は、平面上の各点が複素数に対応するので、複素平面
と呼ばれる。
数直線が実数の集合を表すのに対し、複素平面は複素数の集合を表す。
複素平面 複素数の実部を横軸、虚部を縦軸にとった平面 複素平 と呼ぶ。
6
CHAPTER 1.
複素数と複素関数
Re
Im
O a
b
a + bi
複素平面において、実軸を Re、虚軸を Im と表記しているのは、複素数の実部(Real Part)と虚
部(Imaginary Part)をそれぞれの軸で表しているからである。
1.2.2 複素数の絶対値と偏角
複素数を複素平面上のベクトルとして捉えることで、複素数に幾何学的な意味を持たせることが
できる。
そして最終的には1 をかける操作が 180 度回転であることや、i をかける操作が 90 度回転であ
ることの一般化として、複素数のかけ算に複素平面上の回転という解釈を与える。
そのための準備として、まずは複素数に関する「長さ」と「角」を定義しよう。
複素数の「長さ」
実数における絶対値は、数直線上の原点 0 からその数までの距離を表していた。
複素数の絶対値も、同じように「原点からの距離」として定義する。
1.2.
複素数の表現 7
O a
b
a
b
a
2
+ b
2
z = a + bi
Re
Im
複素数の絶対値
複素平面において、原点から複素 z = a + bi までの距離を複素数 z の絶対値と定
義する。
この距離は三平方の定理から求められ、|z| と表す。
|z| =
a
2
+ b
2
複素数の「回転角」
ここで、複素数 z 0 でなければ、原点 O から z までを結ぶベクトルと実軸 Re の正の向きとの
なす角 θ を考えることができる。
8
CHAPTER 1.
複素数と複素関数
O a
b
|z|
θ
z = a + bi
Re
Im
複素数の偏角
0 でない複素 z に対して、複素平面上の原 O から複素数 z までを結ぶベクト
と、実軸の正の向きとのなす角 θ を、複素数 z 偏角 と呼び、次のように表す。
arg z = θ
ここで、θ を整数回 2π シフトさせても(何周回転させても)、同じ複素数 z の位置に戻ってくる。
つまり、1 つの複素数 z に対して偏角の値は複数考えられるので、それが困る場合には、主値と呼
ばれる代表値を使うことにする。
偏角の主値
複素数 z の偏角のうち、0 θ 2π、もしくは π < θ π の範囲にある偏角を
と呼び、次のように表す。
Arg z = θ
1.2.
複素数の表現 9
1.2.3 複素数の極形式
複素数が持つ「長さ」「角」を定義したところで、それらを使って 1 つの複素数を表現できない
か?ということを考える。
O a
b
θ
z
Re
Im
r cos θ
r sin θ
r
複素数 z = a + bi の絶対値を r、偏角を θ とすると、
a = r cos θ
b = r sin θ
となり、複素数 z は絶対値と偏角を使った表示(極形式)に置き換えることができる。
極形式
複素数 z は、その絶対値 r と偏角 θ を用いて次のように表すことができる。
z = r(cos θ + i sin θ)
絶対値を「半径、偏角「回転角」とみなし、それらを使って複素数を表現できたことで、複素
数と回転との関係についても調べる準備が整った。
10
CHAPTER 1.
複素数と複素関数
1.3 複素数の演算
ベクトルとの対応や極形式をもとに、複素数の演算を定義していこう。
1.3.1 複素数の和と差
複素数の和・差は、ベクトルの和・差と同じように定義される。
複素数の和と差
複素数 z = a + bi, w = c + di について、z w の和(差)を次のように定義する。
z ± w = (a ± c) + (b ± d)i
つまり、実部同士・虚部同士の足し算(引き算)を行えばよい。
実部同士を足したものが実部になり、虚部同士を足したものが虚部になる。
この定義は、実部と虚部を並べたベクトルの和(差)と一致している。
a
b
±
c
d
=
a ± c
b ± d
1.3.2 複素数の積
複素数の積は、ベクトルの演算から定義をそのまま流用することはできない。(そもそも、ベクト
ルの積とは何か?という問題になる。
複素数のかけ算で成り立っていてほしい性質は、1 をかける操作が 180 度回転であることや、i
かける操作が 90 度回転であることだ。
というわけで、複素数の積は回転を表すものとして定義したい。
回転行列から定義を探る
複素数 z = a + bi の実部と虚部を並べたベクトル
(
a
b
)
を、原点を中心に θ だけ回転させたベクトル
は、2 次元の回転行列を左からかけた形で次のように表せる。
cos θ sin θ
sin θ cos θ
a
b
=
a cos θ b sin θ
a sin θ + b cos θ
1.3.
複素数の演算 11
ここで、絶対値が 1、偏角が θ である複素数 w = c + di の実部と虚部は、
c = cos θ
d = sin θ
と表せるから、これらを使って回転行列を書き直してみる。
c d
d c
a
b
=
ac bd
ad + bc
これは、複素 z = a + bi の実部と虚部を並べたベクトルを、複素 w = c + di の実部と虚部だけ
を使って回転させたものと捉えられる。
つまり、z w をかけることで z を回転させたいのなら、z w の積を
zw = (ac bd) + (ad + bc)i
と考えればよいのではないだろうか。
複素数の積
複素数 z = a + bi, w = c + di について、z w の積を次のように定義する。
zw = (ac bd ) + (ad + bc)i
ここでは、回転行列を経由して、回転としての複素数の積の定義を探ってみたが、実は 2 つの複
素数の積を展開して実部と虚部をまとめるだけで、まったく同じ式が得られる。
i
2
= 1
zw = (a + bi)(c + di)
= ac + adi + bci + bdi
2
= ac + adi + bci bd
= (ac bd) + (ad + bc)i
単純な式展開によって得られる定義と、回転行列によって妥当だと思えた定義が一致するのは
ても不思議なことではないだろうか。
12
CHAPTER 1.
複素数と複素関数
このように、複素数の積は自然と回転を表すものになっている。
1.3.3 複素数の商
Under construction...
1.3.4 共役複素数
Under construction...
共役複素数
複素数 z = x + iy に対して,その共役複素数 z を次のように定義する。
z B x iy
Re
Im
O
x
y
y
θ
θ
r
r
z = x + iy
z = x iy
共役複素数と絶対値
1.4.
オイラーの公式 13
複素数 z とその共役複素数 z の積は、z の絶対値の二乗に等しい。
zz = |z|
2
Proof: 共役複素数と絶対値
複素数 z = x + iy とその共役複素数 z = x iy の積を計算する。
zz = (x + iy)(x iy)
= x
2
ixy + ixy i
2
y
2
= x
2
+ y
2
= |z|
2
1.4 オイラーの公式
Im
Re
z(t) = Ae
iωt
ωt
t [s]
Im
ωt
TT
2T2T
y(t) = A sin
(
ωt
)
t [s]
Re
ωt
T
2T
x(t) = A cos
(
ωt
)
t [s]
Im
Re